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人権についての作文 『 内閣総理大臣賞 』

先日、母が「見せたい新聞があるからおいで」と言われ実家に行って来ました。
その新聞とは
21年度、中学生人権についての作文コンクールで、見事『内閣総理大臣賞』を受賞した人の感想が書かれたものでした。
早速、ネットでその作文を見て是非、皆さんにも知って欲しい。
そんな思いで紹介させて頂きますね。

          「笑顔のために」

私はかわいそうな子供なのでしょうか。私の家族は気の毒な家族なのでしょうか。
私の両親は、障害者です。父は全く目が見えず、母は全く耳が聞こえません。けれど、私は物心付いた時からそのような状態でしたから、あまり違和感を感じた事はありません。近くに住む祖父母の助けもありましたが、父は鍼灸マッサージ師として働き、母は事務を執りながら私を育ててくれました。確かに急いでいる時に少し困ることもありますが、あとは普通の生活です。私は両親が大好きです。二人は、私の良き相談相手であり、とても頼りになる存在です。
 
 母の障害のことを知っている友達には、時々「どうやって話をしているの」と尋ねられる事があります。
母は、文字を読み、私たちと筆談し、私の唇の動きで私の声を聞き、私に話しかけます。母の発声は、他の人とは違いますが、私たち家族には、ちゃんと母の声が聞こえます。
でも、それをどう説明すればいいのかわからなくなってきました。いくら説明しても、わかってもられないような気がするからです。

前にもこんな事がありました。近所のおばさんが、通りかかった私にこんな声をかけてきました。
「いつも大変やね。はるかちゃんはえらいね。ようがんばっとるね。かわいそうやね」と。

『かわいそうやね』。

この言葉が一番ショックでした。私は、大変だとか、かわいそうだとか、不幸などとは思ってないのに。
確かに両親に障害があるために、多少困ることはありますが、私たち家族のことをよく知りもしない人に『かわいそう』と決めつけられたのです。両親の愛情も知らない人に、両親の心を、そして私たち家族を踏みにじられたような感覚でした。同時に、こんな風に同情の言葉だけ掛けて気の毒そうに見る人がたくさんいる事が残念でした。『障害者』に育てらることはかわいそうなことなのでしょうか。
 
 そんなことがあって、買い物に出かけた夕方。父と母がスーパーのレジに並んでいるのを見て、私はなんだかうれしくなりました。私の両親は、父ができない事を母がカバーして、母ができない事を父がカバーして店員さんと話をしているのです。家の中でいつも見ていたことなのに、あの時二人の姿を見ていて、「お父さんの目の変わりはお母さん、お母さんの耳の変わりはお父さんなんだ。二人は一心同体だな」と改めて実感しました。そして、それと同時に、私はこんあにすばらしい親の子供なんだと、本当にうれしく、誇らしく思ったのです。
 
 そして、そんな両親のそばで、弟はにこにこ笑っていました。その弟も病気です。原因は分かりませんが、たまに弟は「こんな風になりたくてなったんじゃないがんに・・・。」
と、泣きそうな声で言ってます。病気を治すための第一歩は勉強をすることなのだそうですが、小さな弟は嫌がってなかなか両親の言うことを聞きません。父も母も障害を持っているので、やはりそんな時は大苦戦です。それでも根気よく弟に話をする二人。困っている二人の姿と、嫌がって逃げようとする弟。私はというと、ついこの前までそんな三人を見て、いい加減にしてほしいと思っていたのです。
 
 仕事の後、弟と一緒に勉強する父に、一度聞いたことがあります。「お父さん、嫌じゃないがん?イライラしんがん?疲れんがん?」すると、父は、「やらなきゃだめなんや。あきらめたらそこで終わりや。」と言ったのです。私はハッとしました。
「私は、弟や両親をなんて冷たい目で見ていたのだろう。『障害』をあきらめずに私を育ててくれた両親が大好きなのに、なぜ二人の心を考えようともしなかったのだろう。なぜ弟の病気をあきらめてしまっていたのだろう。」家族なのに、大切な三人なのに・・・。両親に甘えて、自分のことで精一杯だった私。恥かしさで一杯の私の顔が、父にはきっと見えていたことでしょう。
 
 人間は皆平等でかけがえのない存在。よく耳にする言葉です。でも、障害のある人もない人も平等なのだろうかと私はずっと考えてきました。そして少しずつわかってきたことがあります。
 人は、一人ひとりが大切な存在。その人がいることが誰かの生きる力になり、喜びになる。たとえ苦しいことがあっても、その人の笑顔があれば、あきらめずにやっていける。そんな不思議な力がすべての人に平等に与えられているのではないでしょうか。そして私の家族はきっとそんな力にあふれた家族です。
 私は、弟の笑顔を見ているとホッとします。両親の笑顔も、見ているとホッとします。
その笑顔のために私が手伝えることは、もっとありそうです。
だって私は、二人の娘なのですから。



中学1年生の素晴らしい作文でした。
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テーマ : 発達障害(自閉症、アスペルガー、LD、ADHD、発達遅滞)
ジャンル : 育児

作文を紹介してくれてありがとう

こんにちは!
こんな作文があったのですね、しかも中学1年生。
こんな風に感じ考え一生懸命「今」に向きあう姿が十分理解できる作文でした。
「親は子の鏡」って本当ですね。
なんだか私が恥ずかしくなってきましたよ(^_^;)
これでいいのかなぁ~って。
まだまだ立派なんていえる親ではないけれど(当然)、笑顔と笑い声でいっぱいの家庭にしようって気持ちはたくさん持っているかなぁ♫
今日は久しぶりに「頑張らなきゃ」っていう涙が出ました。また、いい作文があったら教えてくださいね☆

すばらしい作文をありがとう

すごい作文だねe-460
その通り、「かわいそう」なんて他人が評価するものでは無いと思います。
小さな事からですが、子育ても一緒
我が子が障がいをもっているからと言って、家族が「かわいそう」だと思ってしまう事や
経済的に苦しいから、かわいそうだと思ったり
母子家庭だから、かわいそうだと思ってしまったりした時点で、考え方が大きく変わってきますよね・・・
何事も前向きに受け入れ、まわりに左右される事なく自分たちの生き方のスタイル作ってきく事が大事なんですね。

かわいそうって言葉、相手を思いやっているようで実は見下しているというか目線が上になって出る言葉だと思います。

可哀想かどうかは当事者が不幸と思っているかどうかということだと思うので、安易に口に出して言う言葉ではないように思います。(時と場合によると思いますが。)

このお子さんは愛情いっぱいに育てられ、生まれた時からその環境にいて、不便な事もあったかもしれないけど不幸ではなかったということ。
又、ご両親が自分の精一杯の努力をして生きてこられたのでしょうね。

私なんか文句ばかり言って、お恥ずかしい限りです。
反省m(--)m

読みましたー^^
作文。
混同しましたー^^

なんか、まぁちだけ文少なくなってしまったw

素晴らしい作文ですね、励まされますね!!
これを読むと、自分自身を振り返らずにはいられませんね。
ご両親も立派です、娘さんがその姿からちゃんと学んでいるし、両親を誇りに思っている事が伝わります。
私達も子供に恥ずかしくない生き方をしなきゃi-203

可哀そうだとしか思えない大人の方が
可哀そうですね。
確かに大変な事も多いでしょうが、
十分な強さと幸せを、このお嬢さんは
持っていると思いますね。

人権作文入賞者には、障害を持った、或いは
偏見を受けてきた当事者が多いですが、
3、4年ほど前に都城にすんでいた中学生が
書いた『たっちゃんとよばれた日』は、
中学で初めて障害を持ったクラスメイトと
出会った少年の心の変化がとても良く書かれていますよ。
もう読まれてるかもしれませんが^^

おはようございます^^

また
とっても胸が
あつくなる作文
ありがとうございます

可哀そう

この言葉の奥にあるもの

中途半端な優しさからくる言葉
本当の優しさって
自問自答させられる
そんな作文ですね

私も
fightmamaさんと同じく
子供に恥ずかしくない
誇ってもらえる
生き方できるようになりたいです

最近息子からよく言ってもらえる言葉

「お父さんいっつもいっぱい○○君のために
働いてくれてありがとう」

ふと、この言葉を思い出すたび
息子のことを叱ってしまう自分が
恥ずかしく小さく感じます

えっと
ブログ開設して1年経ちました
まだまだ未熟者の私ですが
どうか今後ともよろしくお願いいたします


 こんにちは。好い作文でしたね。好い文章に接する事が出来ました。感謝です。
 私も早く父親を亡くして、母子家庭で育ちましたから、この作文の作者の気持ちが痛いほど理解出来ます。素晴らしい感性の磨かれ方、磨き方をしていますね。
 
 きっと、言葉で表現していない葛藤・自問自答の結果の作文だと、普通に考え居ます。

 此処に表現されている心境風景は、無言の労わり・無言の励ましが、一番必要なのだと云う事だと思われます。敢えて、踏み込まずの周囲の気持って、境遇を抱えた人間には一番有難い配慮だと思います。
 
  感性を磨いて、客観性を大いに身に付けて欲しいですね。この感性が人様に役立つ事を祈って居ます。

読ませていただきました。
家族愛っとこんな感じなんだろうなぁっと痛感しました。

ここまでの気持ちにたどり着くまで、この子も幾度も格闘したんだなぁと思い・・・しかもそれがまだ中1だなんて・・・。

色々、考えさせられる文でした。
ありがとうございます。

おもこさんへ

この作文を読んで、「親は子の鏡」そう思いました。
親がどんな環境に置かれていても頑張っている姿を見れば子供には伝わるのですよね。
作文を読んで我を振り返り反省です。
何が幸せか?子供にとって贅沢な環境でもない、笑顔と笑い声でいっぱいの家庭なんでしょうね。
まだまだいい作文ありますよ~!
また、紹介しますね~(^^)

burumanさんへ

『かわいそう』
この言葉は経験した人じゃないと理解しにくいかも知れません。
怪我をして『かわいそう』・・・・これは相手の気持ちになっている。だから特に問題は無いと思うの。
でも人の人生に(生き方)に対しての『かわいそう』は、どんな状況においてもそれを言うことで相手を傷つけてしまう言葉。自分の人生または家族を否定された言葉となってしまうんでしょうね。
大人の自分でも葛藤するけど、それを我慢ができる。子供の時にそんなことを言われて、悔しい思いをしたんでしょうね。葛藤しながら、自問自答しながら苦しみの中から周りに左右されずに答えを出したのでしょうね。
今ももしかして苦しんでいるのかもしれない。
家族の愛情がその苦しみを取り除いてくれているのかもしれませんね。

エンジェルキャッチさんへ

>可哀想かどうかは当事者が不幸と思っているかどうかということだと思うので、安易に口に出して言う言葉ではないように思います。(時と場合によると思いますが。)
そうなんですよね。
普通と違う家庭環境だからかわいそう!一般にそう思われがちですが、決してかわいそうでもないんです。
見下した言い方。
かわいそう!そう言った人に「あなたの家庭は〇〇だから大変ね。かわいそうに」そう言われたら、私の家族はかわいそうな家庭なの?と傷つくと思います。心の傷となるでしょうね。

娘に聞いてみました。
娘は、自分のことはかわいそうとは思わない。天使が生まれてこれが本当の天使だし、これが我が家の普通だもの。兄弟が3人いて我慢もするけどそれは天使が障がいだからじゃない。兄弟がいるところはみんなそんな思いをしているんじゃない。反対にうれしいことも沢山あるし、寂しくない。
この人は「かわいそう」そう言われてとっても悔しい思いをしたと思うよ(娘と同じ年齢)自分も同じ事言われたら悔しいもの。

周りの人間は知らず知らずに人の気持ちを傷つけていることが多いのでしょうね。気をつけなくては!

まぁち さんへ

こんな思いをしている子がいる、そう思ってくれるだけでもおばちゃんはうれしいよ(^^)
学校でも色々な思いをしている兄弟もいると思うの。
まわりの子が少しでもそんな気持ちを分かってくれているだけでもすくわれることもある。
娘が言ってた言葉で「学校で天使のことを友達が『ねぇ~、〇〇の弟、今何才?喋ったこと聞いたことが無い』と聞かれることがある。そんな時は『7才だけど超恥ずかしがり屋なんだ』と答えている。ちょっと嫌な気持ちなんだけど、天使を見ていたらそう思うよね、みんな!。仕方がない事なんだけど。」と。
親である私でもやっと「ことばの遅れがあるんだ」と言えるようになったけど、娘はまだなんて説明していいのか分からないんだと思う。
そんな葛藤の中で娘も成長していくのだと思う。
娘が、昨年人権の作文で優秀賞を受賞した時も、それを公表するのが半分恐かったと言ってました。
天使が障がいってみんなに知られる。そのことでみんなの態度を恐れていたみたいです。しかし、自分の作文を読んで涙している人を見て自信に変わったようです。

長々となってしまったね。
同じ年頃のまぁちさんになんとなくでもいいから理解してほしかったの!ゴメンネ(^^;)

fightmamaさんへ

この作文を読んで、自分を振り返ることができました。
頑張らなくっちゃ!そう思う作文でしょ!
子供に対して恥かしくないように・・・。
この両親は確かに不便なこともあるけど、それを不便だとは感じてない。そう~、不幸ではないんですよね。
愛情があるから。
一生懸命に生きているから。子供のことを考え、常に前向きに生きている。
私から見たらfightmamaさんも、そして皆さんも同じです(^^)みんな、一生懸命に生きていらっしゃる。素晴らしい人生です。
「かわいそう」そう言っている人の方が本当は・・・・そう思う時があります。
作文を読んで私自信にもそして
fight~~mamaたち~!です。

高橋さんへ

私も「かわいそう」そう言われたことがあります。
何故か何も言えなかったです。
その時この作者と同じ気持ちになりました。
何も言い返さない自分に悔しいかったですね。当時は。
今は、そんなことは無いそんな自信からでしょうか、流せるようになりました。
でも娘はどうなのだろうか?!
この子ほど強くないかも・・・。自分の中で葛藤しながら何処にもこの悔しさをぶつけられないとしたら・・・。

多かれ少なかれ、子供に問題が生じると「あの家庭は障がい児がいるからかわいそう」そう言われることがあるようです。問題って言っても何処の家庭にもおこりうる問題なのに・・・。
そうやって悔しい思いをしてきているのでしょうね。

自分を反省して、子供の気持ちに寄り添うことからそして愛情をいっぱいっ注いで行かなくちゃいけないのでしょうね。

『たっちゃんとよばれた日』
読みましたよ~!
この作品も涙しました。今、手元にその作品が無くて読みかえす事ができないのが残念です。

sus440c さんへ

お久しぶりです(^^)
お元気そうで~。
「かわいそう」この言葉はこんな事経験したことが無い人には難しいですよね。
人の生き方に「かわいそう」それはとり方によっては侮辱にもなる言葉。
その言葉でプライドが傷つけられてしまう。
それを割り切ることができるのならばいいのでしょううが・・・。
この作者はホントに強いと思います。
でも本当は、悔しい思いを自分で乗り越えるために文字にしてのかもしれません。
今でも苦しみながらも前向きに、そして愛情を注がれて強くなって行くのかもしれません。

「お父さんいっつもいっぱい○○君のために
働いてくれてありがとう」

この言葉で sus440c さんも頑張れるのでしょうね。
素晴らしい言葉です。
sus440c さんの宝物ですね(^^)
これからも無理なくいけることを願ってますよ!

そしてブログ開設1周年おめでとうございます!
これからも宜しくお願いします!!

アガタ・リョウ さんへ

訪問&コメントありがとうございます。
同じ思いをされた方だとこの作者の気持ちが痛いほど分かるのですよね。
>きっと、言葉で表現していない葛藤・自問自答の結果の作文だと、普通に考え居ます。

この作文の中には文字で書き表せない今までの葛藤があるのだと思います。
もしかして今も本当はその葛藤のなかにいるのかもしれません。まだ中学1年生。(娘と同じです)葛藤していると思います。
今まで注がれた(現在進行形)愛情で強く生きれるのだと。
>此処に表現されている心境風景は、無言の労わり・無言の励ましが、一番必要なのだと云う事だと思われます。敢えて、踏み込まずの周囲の気持って、境遇を抱えた人間には一番有難い配慮だと思います。
知り合い(健常者)が言ってた言葉を思い出しました。
障がい者に対して「かわいそう」そう思った時点で自分より下に見ている事になる。
ただ、見守る、そして助けが必要な時に手を差し伸べればいいんだと。障がい者だからじゃなく、これは誰にでも言える事だと。
この作者は素晴らしい感性を持ったまま、強くそして素晴らしい人生をおくる事だと思います。

またいらしてくださいね!
お待ちしております。

ゆめちゃママ さんへ

この子も何度も凹み、そして立ち直りその繰り返しだったのではないかと思います。
障がい児を抱えている親でも葛藤しながら強くなって行く。まして中1。
いまだに葛藤しているのかもしれません。
自分の気持ちを整理する為に。自分に言い聞かせているのかもしれません。
勝手な想像ですが。(私がそうだからかなぁ~)

この作文の
>人は、一人ひとりが大切な存在。その人がいることが誰かの生きる力になり、喜びになる。たとえ苦しいことがあっても、その人の笑顔があれば、あきらめずにやっていける。そんな不思議な力がすべての人に平等に与えられているのではないでしょうか。

この思い、私がおもう気持ちと同じなんです。
障がいがあるから・・・「かわいそう」そう思われがちですが本当はこんな子たちの素晴らしい力がある事。
人が悩んだ時に癒してくれるそんな力(純粋な心)人々の生きる力となっている。
人の心を癒す素晴らしい人々なんです。
障がいがあることが不幸ではなく、本当の不幸、いや、本当の幸せを考えたら、天使みたいな子供は幸せなんじゃないかと。
(本当の幸せ、本当の不幸って何なんでしょうね。人間が勝手に自分の価値観で決めているのでしょうね、普通というあいまいな価値観で)
その幸せを他者に分けれる力がある。
>不思議な力がすべての人に平等に与えられているのではないでしょうか。
この言葉の意味がそんなんじゃないかと。

娘も言います。天使を見ているとホッとするって(^^)

こんばんは!ブログへの温かなコメント、本当にありがとうございます。ご経験からの言葉はとても深みと重みがありますね。なかなか実生活においては、こういった先輩ママたち...が周囲にいません。とても心強く感じました。天使君のたくましい成長ぶりに、王子の成長も重ねて思います。

この作文、貴重な経験をもったお子さんの言葉にも深みと重みを感じました。以前、テレビで視覚障害のご両親を持つ娘さんの生活を追った番組を見たことがあります。娘さん自身も視覚障害をもっています。食事の場面で娘さんが落としてわってしまった陶器のお皿.....お父さんが指示をして、娘さんに素手で拾わせていました。私から見れば、無茶で危険なことだと思いましたが、これこそ「拾えない!とあきらめたら終わりだ」という気持ちがでていた場面だったのだ....と今になって気づきましたね。

「怪我の危険を犯してもお皿を拾い上げたという達成感、次回からはもっと注意をしなければという反省も大いに感じたはず」....とお父さんがおっしゃっていたのが印象的でした。

この作文のご家族、テレビに出たご家族にも、いろんな生命力があふれているように感じましたね。

中学1年生の子の作文なんだね。
すごく気持ちや思いが伝わってきます。
可哀そうなんて安易に思うのは失礼なことなんだよね。
この家族は素晴らしい家族です。
他の人たちが持っていないものをいっぱい持っている。そう思います。

バニラビーンズ さんへ

そうですね!
始めから出来ない そう決めつけるのではなくやってみて出来なければそこから出来るように考えればいいのですよね。
この視覚障がいを持っていらっしゃるお嬢さんの親御さんも自分が経験したことで娘にも自立するという目的で割れたお皿を拾わせたのでしょうね。
だって、いつまでも親が助けるわけにはいかない。いつかは、自分で生きて行くのですからね。
これが本当の愛情(支援)なんでしょうね。
私たちもこれかいろんな事に挑戦していかなければいけないのでしょう。

生命力!
本当にそうですね。だから幸せなんでしょうね(^^)

海のいるかさんへ

かわいそう!
どの家庭もかわいそうと言われたらショックでしょうね。
だってみんあ必死で生きているんだから・・・。
自分の家族の為に。
>人は、一人ひとりが大切な存在。その人がいることが誰かの生きる力になり、喜びになる。たとえ苦しいことがあっても、その人の笑顔があれば、あきらめずにやっていける。そんな不思議な力がすべての人に平等に与えられているのではないでしょうか。そして私の家族はきっとそんな力にあふれた家族です。

海のイルカさんが言われるように
>他の人たちが持っていないものをいっぱい持っている。
この子はそれに気付くことができた子供なんですよね。

私たちのまわりにもそんな力にあふれたものが本当はいっぱいある。必ずあるはずです。
それに気付きたいです(^^)
Secre

プロフィール

jun mama

Author:jun mama
junmamaのブログへようこそ!

家族の紹介
パパ・・・頼りになる大黒柱

ママ・・・専業主婦

長女・・・高2女子 青春真っ盛り~~❣
 
バドミントンに夢中!

長男・・・中1 
     ユニークで
   優しいお兄ちゃん
   
  バドミントン初心者から脱出したい(^^;)

天使・・・支援級の5年生 
 発達障がいがあり、
 言葉の遅れを伴う
(場面緘黙)
 我が家の癒し系!
 最近、生意気な言葉も!
 頑張っている次男坊(^^)

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